皆さんこんにちは~!

ではここでいきなり質問です。

今日10月31日は一体何の日でしょうか?

 

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はい、シンキングタイム終了で~す!

世間ではハロウィン一色となっており、クリスチャンとしては微妙な心境となる時期ですが、

しかしながら私たち聖書を信じる者にとってはハロウィンよりも大切な日です。

そう、今日は「宗教改革記念日」👋

宗教改革とは、ヨーロッパ近世の初頭に、ローマ・カトリック教会の弊害(害となる悪いこと)に対して疑問を呈し、

カトリックから分離してプロテスタント教会をたてた宗教運動の事です。

歴史の授業で習ったと思います。キーワードは「マルチン・ルター」、「免罪符」、「95か条の論題」思い出してきましたか?

この3つはクリスチャンでない人でもわかるキーワードです。でも、この改革の発端は、「聖書観」なのです。

ルターが宗教改革を起こした当時のローマ・カトリック教会の聖書観は、「聖書はクリスチャンにとって唯一の権威ではなく、基準でもない」とし、

カトリックの口伝承(伝統・口で伝えられてきたもの)を聖書と同等としていました。

しかし、実際は口伝承律を聖書よりも尊び、煉獄の教え(天国に入る前に生前の罪を清める場所)や、諸聖人(ペテロとかマリヤとか)の教えなど、

聖書に記されていない事柄を教え、免罪符という罪の贖いを免除する札を販売し、それによって資金調達を計っていました。

つまり、聖書の権威よりも、人間の思いや言い伝えの方が強くなっていたんですね。

そんな当時の教えに疑問を抱いたルターは、聖書に書かれていないことに対して異議を唱え、95か条にのぼる抗議文(95か条の論題)を公開。

その中で、「人は免罪符によってではなく、神を信ずる信仰によってのみ救われる」と主張し、聖書を正しい信仰の唯一の基礎としました。

カトリックの聖書にない教えに対し、プロテスト(抗議)したのです。

そう、もうお気づきかと思いますが、これが今日のプロテスタント教会と言われる教会のゆえんなのです。

という事でプロテスタント教会である内灘聖書教会は、この「聖書は誤りのない神の言葉」であるという理念の上で、

「聖書のみ」「信仰のみ」という教えを信じているのです。

ルターは聖書を「難解な書物」だとするカトリックの神学者に対し、

「聖書は明確で確かな神の言葉であり、それは決して我々を間違いに導くことはない」

と語り、聖書の権威を説いたのです。

更に彼はこんな言葉ものこしています。

「聖書の一字一句は、私たちにとって天と地以上の意味合いを持つ。したがって我らは如何なる変更をもそこに加えてはならないのである」

ルターのこの言葉は、神によって書かれた、間違いのない神の言葉である聖書の真理を曲げたり、間違って解釈してはならない、

気を付けなければならない、そのような思いがこめらているように感じます。

聖書を誤りのない神の言葉とする現代の福音的なキリスト教神学の聖書観は、初代教会から今日に至るまで伝えられている最も基本的で

かつ純粋な聖書観なのです。

神の言葉は真理です。真理とは決して変わる事のないものです。歴史の教科書や化学の教科書はかわっていきます。

化学は真理を研究する学問です。でもそれは真理そのものではないのです、

真理はかわらないのです。神の言葉もまた人間の都合の良いように解釈され、時代と共に変わるものではありません。

今日は、私たちプロテスタントにとって、私たちの信仰の原点を考えさせてくれる日です。

とってもとっても大事な日です。